エェ~、シトというものは、いろいろ好き嫌いがありますな。
「おゥ、ちょいといっぺえ飲もうじゃねェか。お前、どんなサカナがいい?」
「刺身だ」
「ああ、いいなあ刺身なんざ。お前は?」
「てんぷらっ」
「え?」
「てんぷルルルルァっ」
「jojoみてえな野郎だね、ツバが飛ぶからよせよ」
「じゃあ飛ばねえように、てんふら」
「脱力するね」
「お前は?」
「レモンメレンゲパイ」
「欧米か!」
とまあ、好きなものがあれば嫌いなものもありまして……。
「まあしかしなんだねえ、人間ってのはおかしなもんだなあ」
「なにがおかしいんだい」
「おんなじ犬でもさ、こっちの人は犬が好きで好きで、ニットまで着せてやってるのに、片っぽうじゃ犬を見ると悲鳴あげて逃げちゃうだろ」
「そういうもんだなあ」
「これはあれだよ……生まれたときに胞衣(えな)ってのがあるだろうよ、まあ今でいうヘソの緒とか胎盤だな。これを庭に埋めて、その上を初めに通った生き物を嫌いになっちゃうんだ」
「へえ、物知りだなあ」
「そうよ。だから、カエルが上を通れば、その人は一生カエルが嫌いになっちゃうんだよ」
「そらあ知らなかったなあ」
「おめえなんざ何か、なんか嫌いな虫とか、生き物とかあるだろ?」
「いやあ、俺はこの世に怖えものなんかねえんだが、唯一ゴキブリだけは苦手だよ」
「そうだろう? そりゃおめえ、最初にゴキブリが胞衣の上を通ったんだよ」
「うう、あのギラギラ黒光りした羽を見るだけでね、俺はぞーっとしてくんだよ」
「そりゃそうだよ、なあ、しょうがねえや」
「それであのゴキ公ってのは、闇雲に飛ぶだろう? しかも決まって俺の顔めがけて飛んできやがるんだよゥ」
「不思議なもんでな、嫌いな奴のところに限って飛んでいくなあ」
「うう~、思い出すだけで震えがくるよ」
「そっちのおめえはどうだい?」
「俺はなあ、クモ……」
「ああ、クモかあ。ちゃんと古典落語に忠実だな」
「なんだ?」
「なんでもねえ。クモは怖えな、足がどっさりあって、カラフルなタイツはいてやがってよ」
「足?」
「それでこう、ケツから糸引いて、天井からぶる下がったりするだろう」
「糸?」
「なに言ってんだ、クモの話だろ?」
「クモって、虫のクモの話か? あんなもん、俺は怖かあねえよ」
「違うのか?」
「あんなクモ公なんざ、俺ァ納豆の糸の引きが悪いときには、おまんまの上に乗っけてガーッとかき回しちゃう」
「納豆の代わりかい? みのもんたもビックリだね」
「そんな、虫のクモじゃねえんだよ。俺が怖いのは、空に浮いてる雲……」
「空の雲? あんなもんの、何が怖えんだ?」
「見てると、地震が起きそうで……」
「バカ言ってやがんなあ。雲なんか見て、地震がわかるわけねえじゃねえか」
「いや、それだけじゃねえんだよ。あの雲の中には、ケム……」
「ああ、なんだケム公か。あれも怖えな。葉っぱめくると、裏にへばりついてやがってな」
「だから、虫の毛虫じゃねえんだよ」
「なに? 毛虫じゃねえのか? じゃあ、ケムってなんだ?」
「ケムトレイル」
「なんだ?」
「知らねえのか? 飛行機が毒を撒いて、そのあとが雲の形になるんだよ」
「なんか、おかしな宗教にハマってやがんなてめえは」
「この事実を知ってください」
「そういう与太話は、ネットの中だけにしときな。しかし、人によって怖えもんがあるんだなあ。おう、そっちのほうに座ってる熊公、おめえは何がこわい?」
「ねえよ」
「なに?」
「何にもねえよ」
「ねえ?」
「この世に怖えものなんか、何にもねえってんだよ」
「なんかあんだろ……」
「ねえよ」
「お前もノリが悪い野郎だな……。いまみんなして、怖えものを話し合って楽しんでんのに」
「こないだ、かかァの炊いたオマンマが強かったな。あれじゃあ胃カタルやっちまうって、そう言った」
「そのこわいじゃねえよ……」
「とにかく、こわいものなんかねえってんだよ。昔っから人間は、万物のレエチョウ(霊長)ってんだぞ」
「レーチョーか。ずいぶん大きく出やがったな」
「人間は万物のレーチョーだい。参議院はリョーシキノフってんだ」
「ロシア人みてえだな」
「そんな人間様が、あれがこわい、これがこわいなんて言っていられるけえ」
「ってやんでえ、そうは言ったって、なんか一つくらいこわいものがあるだろう」
「……! ………。 !………!」
「なに目を白黒してんだ?」
「んー、えへへへへ、まあね、うん、実はネ……」
「なんだ? 急にモジモジして」
「いや、うん、まあそりゃあ俺だってね、一つくらいはこわいものがあらあ」
「なんだい」
「いや、そりゃあ言えねえ」
「どうして?」
「いやあ、決まりが悪いし……」
「決まりが悪いったって、みんな自分のこわいもの言ったじゃねえか」
「いや、俺のこわがり方といったら、そんなもんじゃねえんだよ……もう、口にするだけでネ、気が遠くなっちゃう」
「そんなことはねえだろうよ」
「ホントなんだよゥ……じゃあ、一回だけ言うぞ。二度は言わねえよ」
「ああ、なんだい」
「俺のこわいものは……」
「ああ」
「……スイーツ」
「なに?」
「……スイーツだよっ! ああ、二度言っちゃった」
「スイーツ? なんだスイーツって? 誰か、スイーツなんて虫、知ってるか?」
「ウマオイじゃねえか?」
「そらスイッチョンだよ……なんだ、マレーシアにでも住んでる猛獣かな?」
「そうじゃねえんだよ……あの、カフェとかレストランで出てくる、あの甘えものだよ」
「なんだ、あのOLが昼休みに食うような、あのスイーツかい?」
「うう……こわいこわい……」
「なんであんなもんが怖えんだよう。なんでスイーツがこわいんだ?」
「なんでって、お前ら知らねえのか? スイーツには砂糖が入ってんだよ」
「そりゃ入ってるよ、だから甘くて美味しいんじゃねえか」
「バカ野郎、その砂糖がよくねえんだよ。砂糖ってのは麻薬の一種なんだぞ。ドーパミンやセロトニンの過剰な分泌を促し、血糖値を上げるためにメタボ、低体温症、心筋梗塞など様々な成人病の原因になるんだぞ」
「なんだそりゃ? よくわからねえが、体に悪そうだな」
「悪いもなにも……だからスイーツなんか、俺はもう死ぬまで食わねえって神に誓ったんだ」
「あんなにうめえのになあ」
「それが毒なんだよ……陰謀なんだよ……日本人支配なんだよ……ああ、考えるだけでガクガクブルブル」
「おいどうした、顔色が真っ青じゃねえか」
「だから、お前らが思い出させるから悪いんだィ……。だからよせって言ったんだよう、こわいよう、オイオイオイ……」
「お前、顔面蒼白になってきたぞ……じゃあ、隣の部屋で横になってこいよ。誰か布団しいてやって、うん、頭から布団かぶしてやんな」
「おい、どうしたんだい熊の野郎は……」
「いやあ、スイーツってのはそうとう怖えんだろうなあ。あんなに怖がるとは思わなかったよ」
「顔色が真っ青だったぞ。徳州会疑惑で問い詰められた猪瀬都知事みてえじゃねえか」
「まあ、人はわからねえもんだなあ。あんなに威張ってる野郎が……」
「ところで俺に、ひとつ考えがあるんだよ。あの野郎、いつも偉そうにしてやがってよ、非常に上から目線でものを言うじゃねえか」
「まあ、忌々しい野郎だな」
「忌々しいったってよ……いまいま省の事務次官みてえな野郎だよ。それでな、日頃えらそうにしてるバチをだな、あててやろうじゃねえか」
「どうするんだい?」
「あいつの弱みがわかったじゃねえか、ぎゃふんと言わしてやるんだよ。俺ァいまから、カドのケーキ屋に行ってスイーツ買ってくる」
「それで?」
「あの野郎が寝てる枕元に置いてだな、声かけて起こしてやるんだ。話しただけで目ェ回すんだから、ホンモノを見たら昏倒するぞ。それを見てどっと盛り上がろうって寸法よ」
「そんなことして、死んじまったらどうする?」
「そりゃ、砂糖が殺したってことだよ。俺たちのせいじゃねえよ。砂糖が殺したんだから、糖殺か」
「トウサツ? アクションカメラみたいだね」
「じゃあ、俺スイーツ買ってくる」
「おい待てよ、俺もあの野郎には恨みがあるからね。乗るよ」
「そうかい」
「俺も俺も」
「俺もゼニ出すぜ」
「なんだい、ずいぶん恨まれてやがるんだなあ。よし、じゃあこれでありったけ、お前買ってきてくれ」
「買ってきたよ」
「よし、枕元に並べろ並べろ。……こりゃすげえな、甘ったるいニオイが立ちこめてきたよ」
「うーん……うーん……スイーツこわい……スイーツこわいよう……」
「この野郎、うわごとでこわがってやがる。よっぽど怖えんだなあ」
「よし、みんなこっちの部屋に来い、ふすま閉めて、少し開けて、ここから覗くんだ」
「うーん、うーん……」
「声かけて起こせ」
「おい、おい熊公。具合はどうだい」
「こわいよう……」
「俺たち、気分直しに鰻でも食いに行こうって相談なんだ。おめえも来ねえか?」
「え? うなぎ? 行く行く」
「飛び起きたよ、ホントに食い意地の悪い野郎だね」
「うん? なんだ、なんだこの甘ったるいニオイは……? まさか、まさか……」
「おっ、熊の野郎、気づきやがった」
「ウワーッ! キャーッ! ス、ス、スイーツがこんなに! おいおい、聞いてないよ~!」
「おお、ダチョウ倶楽部にも負けないリアクションだね、クックック」
「ち、ちくしょう、誰がこんなひでえことを考えやがった、ウワーッ、そこらじゅうにスイーツが! ちくしょう、訴えてやる~!」
「ますますダチョウだね」
「ああ、こんなに目の前にスイーツ置かれたら、目を回しちゃう……。ええい、死ぬくらいなら、目の前から消してやるゥ……! 俺の腹の中に隠してやる……。えー、まずこれは? おお、これこそバブル時代を象徴するスイーツ、ティラミス~! よくミツグくんさせられたな~。おっ、こっちも懐かしい、ナタデココ~! こんなの見てたら懐かしくて涙ぐんじゃうから、もぐもぐ、食ってやる~! そしてこっちは、最近見かけないクレーム・ブリュレ~! ずいぶん懐かしい品揃えだね。おお、こっちはミルフィーユにパンナコッタ、ベルギーワッフルに色とりどりのマカロン! もぐもぐもぐ。さらに、花畑牧場の生キャラメル、こっちはレアチーズケーキ、おおっ、死ぬほど食ったチョコエッグ! ちくしょう、こんなに食ったら鼻血が出ちゃう~♪」
「おい、どうだ? 中の様子は?」
「なんか、ハイテンションなリアクションは最初だけで、後半はまったりしてるぞ」
「おい、見ろよお前たち。あの野郎、片っ端からスイーツ食ってやがるんだよ」
「なんだって?」
「ちくしょう、いっぱい食わされた。ガラッ、おう、熊公! てめえ、何がスイーツが怖えだ!」
「う……もぐもぐもぐ……うん、こわすぎてうまい……」
「この野郎、何をふざけやがって! おい熊、てめえ、本当は何がこわいんだ!」
「うふふ、今度はエスプレッソが一杯こわい」
うん、これは、流石ですね!途中の「くも」あたりの行も面白いですね。