禁煙キャンペーンのゆくえ ~科学は文化を統御できるか 高山義浩

朝日新聞の医療サイト「アピタル apital」の記事より。

高山義浩 (たかやま・よしひろ)さんというお医者さんが、いわゆる「禁煙キャンペーン」の記事を書いていらっしゃるのですが……。

前略、攻略で抜粋します。

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そういう個人的な体験もあって、公共の場所での喫煙を制限するキャンペーンについて、私は強く支持しています。

15歳の私がそうであったように、自らの判断ではなく、流されるように喫煙してしまうリスク(とくに未成年)を低減させなければなりません。

自動販売機を減らすなど購入する場所を減らしてゆくべきだし、コンビニでタバコを売るのもやめてほしいですね。

ただ、さらに踏み込んで、喫煙そのものを社会から排除しようとする動きがみられるようになってきたようです。

タバコは吸わないにこしたことはありません。これは科学的に正しい判断です。

しかし、この価値判断にどれだけの普遍性があり、個人や社会の活動にどこまで介入することが認められるのでしょうか・・・?

(1)喫煙の制限を喫煙者のマナーに委ねる

(2)禁煙区域を設定する(ex 禁煙車両の指定)

(3)公共空間での喫煙区域を設定する(ex 喫煙コーナーの設置)

 (4)公共空間での喫煙を禁止する(←いまここ)

(5)喫煙そのものを社会から排除する

 (6)喫煙を禁止(違法化)する

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と、こういう方の論考を見ると、

「国が(日本の政府が、または官庁が)煙草を禁止している」

「将来は、煙草が違法になるのではないか」

「これは、民主主義国家としてゆゆしきこと」

という前提で話を進めているように思えます。

ここに、話がこじれる原因があるのではないでしょうか?

 

日本のタバコの問題は、逆に

「法律でタバコを禁止できない」

というところにあるからです。


なぜなら、日本の煙草を管理する法律「たばこ事業法」は、財務省の管轄だから。

そして、その法律の中で、煙草は「徴税品」とされているから。

よく「タバコは嗜好品だ」という人がいますが、それは迷信です。

 

で、日本でタバコを禁止するということは、この「たばこ事業法」をなくすということです。

それが、可能か不可能かは、置いておきますが。

いまの日本が「禁煙社会に向かっている」「タバコが禁止されている」と思っている人は、

財務省が「たばこ事業法」を、見直しているとでも思ってるのでしょうか?

言い方を変えると、

財務省が「たばこ利権」を、手放そうとしているのかどうか。

常識で考えれば、分かりますよね。

そう、「死守」しているに決まってます。


そもそも、この人や多くの「禁煙ファシズム」論者が騒いでいる状況、

つまり「公共の場でタバコが吸えない」なんてのは、

海外じゃ「当たり前」になっているのです。

それはFCTCという条例があるからなのですが、それはさておき。

 

日本は、このFCTCに批准していながら、その内容を「無視」しているのです。

具体的には、財務省が、

「こんな厳しい条件には、日本は従えない」

とねじ込んで、他の国では当たり前な禁煙施策を、日本だけは「やらない」でいるのです。

これが現状です。

TPPでも、このくらい強気な交渉をしてくれればいいんですけどねえ(笑)。

 

じゃあ、財務省は、日本の喫煙者の「人権」を守るために、そうやっているのでしょうか?

逆ですね。

日本人が、他の先進国と同じように、

「タバコは体に悪いし、税金取られるばかりだから、やめよう」

と、気づかないようにしているのです。

つまり、日本人はずっと、ダマされ続けているわけ。

そのことに、だんだん気づく人が増えているのですが、考えが古くてアタマの堅い人が、

「たばこは文化だ」

「嗜好品だ」

「個人の自由だ」

と、恐竜みたいなことを言っているだけなのです。


まあ、私はタバコやめたし、これから一生吸うこともないので、どっちでもいいですけどね。

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